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クリスマスの想い出

年齢とともに変わるクリスマス
明日はクリスマス。
今年は子供達もいないので、妻と義父三人で迎える静かなクリスマスになりそうだ(もしかしたら大学生の長男が帰ってくるかもしれないがどうせ家にはいないだろう)。
毎年、自分で作るクリスマスディナーのローストビーフも明日は少なめでいいのかもしれない。

子供の頃クリスマスはお祭りだった。
家の中にはケーキが溢れ(当時はあちこちからケーキが届いた。おまけに父親が飲みやから持ち帰った小さなケーキやトンガリ帽・鼻眼鏡まであった)、ツリーを飾り、サンタさんからのプレゼントを待った。
食事はきまってローストチキン(当時は鶏の丸焼きと呼んでいた。七面鳥などは当然なかった)、キリスト教徒でもないのにきよしこの夜を歌い、クラッカーをならした。
1年のうち一番好きな季節で、あとには大晦日や正月が控えていた。
子供の頃のクリスマスで一番記憶に残っているのは、小学1年生のクリスマスの朝。
サンタさんにもらったピストル(ローンレンジャーの銀玉鉄砲)を持ち喜び勇んで家の前の広場に出た途端にオートバイに跳ねられた。
頬を切り、救急病院に行き1針縫った。
少しブルーだったが、正月は交通事故にあったと近所では英雄だった。
(近所の子供ではじめて交通事故にあった)

高校生になると、クリスマスは教会の深夜ミサで迎えた(つきあっていた女の子がカソリックだった)。
ミサが終わって帰ろうとすると荷物がなくなっていた。
神父様に抗議すると教会に悪い人はいないと言われ、以後カソリックが嫌いになった。

大学生になると、毎年パルコ劇場のショーガールを観た。
(1974 年の初演から観た。木の実ナナ&細川俊之が素敵だった)
この頃は、東京にいたのでショーガール→LA MAREE DE CHAYA でのディナーという身分不相応なクリスマスを経験した。
(このために冷凍倉庫でのバイトをした。LA MAREE DE CHAYA はオープンから行ったように思う)
ある年、LA MAREE DE CHAYA でのディナーの後、駐車場で車をぶつけ以後行かなくなった。

こんな風に結婚するまでは毎年、あまり幸福と言えないクリスマスを迎えたような気がする。

結婚すると、クリスマスは家族のためのものになった。
1年に1回料理をし、
ツリーをかざり、
子供達や妻にプレゼントを贈った。

子供達はサンタクロースを信じその存在を疑わなかった。

平和なクリスマスは、長男が小学5年生の冬、同級生に事実を告げられ憤慨し帰ってくるまで続いた。

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クリスマスは時間とともにその輝きを失ってしまったけれど、
この時期になると少しわくわくする・・・

あなたは、いかがですか?
by ccr-net | 2009-12-23 18:14 | その他
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