SENDA MEDICAL CLINIC BLOG

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カテゴリ:熊本地震( 12 )

熊本地震から1年

困難が人の絆を強くする

熊本地震から1年が過ぎました。
早いものですね・・・
クリニックで毎日を過ごしていると、一見地震の爪痕はどこにもないような気がしてきます。
ところが、一歩外に出るとまだ道路はゆがみ、倒壊している家屋もあちこちにみられます。

もう1年、まだ1年なのです。

昨年の今日、本震当日のこと。
クリニックは建物の大きな損壊こそありませんでしたが、内部は物品が散乱しとても診療できる状態ではありません。
ところが、朝8時すでに患者さんがみえているという報告が甲斐PTからありました。
さてどうしましょう?
駆けつけてくれた3名のPTと共に、唯一使用できたリハビリテーション室で外傷だけの治療をおこないました。
当然スタッフも皆被災しているのに、ちょっと感動してしまいました。

それから1年経った昨日、震災の時かけつけてくれた甲斐洋平さんの結婚式がありました。
お相手は、同じく地震で苦労をともにしたメディカルクラークの引田麻貴さんです。
引田さんのお家は地震で被害に遭い、その後の大雨で浸水し大変でした。
そんな中、困難を乗り切り、愛を育み、今にいたったのです。
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披露宴はとてもとても素敵なものだったと思います。
というのも、私は患者さんの急変や救急搬送で、出席できたのは最初と最後だけ・・・
とても、とても残念です。

震災後の1年で4組のスタッフの結婚式に出席しました。
そう、ちょっとした結婚ラッシュなのです。

地震と結婚に何か関係があるのかどうか判りません。
でも共に困難を乗り越えた二人ですから、その絆はとても深いものだと思います。
きっと素敵な家庭になるでしょう。

熊本地震では多くのものを失いました。
けれども得られたものも多かったように思います。

人の絆って素敵ですね




by ccr-net | 2017-04-16 23:20 | 熊本地震 | Trackback

深部静脈血栓症に注意

まだ油断できないエコノミークラス症候群

震災から2ヶ月以上経過し、最近ではエコノミークラス症候群の報道もほとんどみなくなりました。
けれども、まだまだ油断できないのがこの原因となる深部静脈血栓症です。
6月14日、熊本地震でのDVT(静脈血栓塞栓症)検診結果がでました。

震災後のDVT調査については、福島県立医科大学のもの(参照)がとてもしっかりしていますが、
今回の熊本版も母数も多く素晴らしいです。
深部静脈血栓の発生率も9.1%と福島の研究と大差有りません。
ただ、今回の発表では福島の研究でハイリスクに上げられた、①悪性腫瘍②ホルモン剤の使用が結論には出ていません。
また、当然のことだから省かれているのでしょうが、福島研究でハイリスクの上位に上げられた①長時間の座位②長時間の臥位が項目ととして省かれており、3番目であった③車中泊が前面に出ているのが気になります。
まだ、中間報告ですので、今後の発表では変わってくるのかもしれません。
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今回の熊本の発表が素晴らしいのは幾つもの医療機関が協力し組織的におこなわれていること、母数が2023人と多いことです。
これに加えて昨日・今日とおこなわれていますので、更に素晴らしい結果になってくるでしょう。

深部静脈血栓の発生率が9.1%というのは10人に一人は血栓症を起こしている可能性があるということです。
くれぐれも、ご用心を!!




by ccr-net | 2016-06-19 23:11 | 熊本地震 | Trackback

震災後2ヶ月を考える

すぐそこにある被災地

早いもので震災後2ヶ月が経過しました。
一見何事もなかったかのように、市内の店舗には物が溢れています。
水道の蛇口を捻ると水が流れ、
ガスは普通に着火し、
強い余震で目を覚ますこともありません。

平凡な日常が
流れているのです。

でも、
震災の爪痕は大きく残っています。
震災後しばらくボランティア活動をしていた公民館には
まだ家が全壊の方々が避難しています。
家にいるのが怖いという子供たちのために、
車中生活を送っているご家族もいます。
収入の道が断たれた方もいます。

ニュースで報道される益城だけが被災地ではないのです。

今日は久しぶりに取材のためのビデオ撮影を受けました。
バックが明るい方がいいということで、2FのSTUDIOを使用しました。
この部屋には、まだ震災の名残があります。
30名収容のセミナー室ですがテーブルは半分片付けられ、
そこに震災時の支援物資が積まれています。
一時期、クリニックの災害支援センターとなっていたリハビリテーションセンターから移動してきたものです。
ここに積まれた物資を見るたびに、震災直後の混乱とボランティア活動に動いた日々を思い出します。
慌ただしい日々でした。

そして、
時々思うのです。
今、こんなに安閑としていていいのかと・・・

でも震災時、震災後の支援活動は、ボランティア活動だけではありません。
私たちが日々生活し、働き、生きていく・・・
それもこの地域での個々の支援活動なのだと思います。

私たちは医療者ですから
日々の医療行為や、院外活動で行動することもそうした役割があるのです。

マスコミで報道されるような被災地で派手に活動することだけがボランティアではないのです。

もちろん、益城のような甚大な被害を被った地区と、そうでない地区とは違います。
でも、身近なところに、すぐ私たちの横に被災地はあるのです。
当たり前のことが当たり前にできる、
そうした平凡な日常がそうした現実をともすれば忘れさせてしまうのです。

最近は、遠方へ避難されていた方々が毎日数名クリニックに戻ってこられるようになりました。
でも、その中の半分くらいは家が全半壊した方です。
熊本市の中心部でも、これが現実なのです。

私たちは忘れてはいけません。
被災地が私たちのいる今この場所にあることを。

なんてことを言いながら、私自身日々の生活に追われています。
でも医療者であることは忘れてはいません。
震災後のこの時期にしなければいけないことも・・・

震災から2ヶ月、こんなことを考えてみました。
さて、なにができるでしょう。




by ccr-net | 2016-06-14 22:50 | 熊本地震 | Trackback

意外と大きいストレスの力

まだまだ消えない震災の爪痕

5月も下旬に入り、避難所からお見えになる方もほとんどいなくなり、引っ越しもピークを過ぎたようです。
病状が急変される方もほとんどいなくなり、クリニックでの診療も通常の状態に戻りました。

まるで挨拶のように交わされていた
〝震災の時はどうでしたか?〟という言葉も少なくなりました。

そこに一人の80代後半の女性が基幹病院から退院してこられました。
ちょうど連休明けに心不全が悪化し、緊急入院していただいた方です。
幸いあまり重度ではなく、精神的な不安感はありますが循環器はすっかり落ち着いています。
この方の場合は、内服はきちんとできており環境の変化によるストレスも一因だったようです。

昨日5月19日付けのくまにちコムに興味深い記事がでています。
地震後2週間で心不全11倍 熊本医療センターと題された、この記事は文字通り震災の怖さを物語っています。
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地震の被害や相次ぐ余震に伴うストレス、睡眠不足などが原因で、今後も患者は増加するとみられる。専門医は「塩分摂取を控え、薬をきちんと飲んでほしい」と呼び掛けている。
 同センターによると、地震前2週間の心不全患者は2人だったが、地震後2週間は22人で11倍に急増。地震後4週間では35人に上り、昨年同期と比べても3・2倍だった。
やっぱり、ストレスの怖さを侮ってはいけません。
私の周辺では、多くの方がショックから立ち直り、一見震災前の状態に戻っています。
でも、それは上辺だけのものかもしれません。
人間は意外と脆いのです。

立ち直り、歩み始めることは大切です。
でも、まだ油断してはいけません。
私たちは考えるほど強くはないのです。




by ccr-net | 2016-05-20 22:46 | 熊本地震 | Trackback

生きる力と尽くす力

生きる力が沸いてくる

今日の熊本は快晴
空を見るとまるで何もなかったかのような抜けるような青空
地震なんてまるでなかったかのようです。

クリニックに震災前から交通事故で通院されている女性がいます。
〝具合はいかがですか?〟
〝仕事が忙しくて調子が悪いのですが、でもそんなことは言っていられません〟
〝不動産関連でしたよね?〟
〝賃貸物件を多く扱っているのですが、損壊が酷くて、特に益城は大変です。
不思議なことに物件ではなく大家さんのお家が損壊したところが多いのです。
本当に酷い状態です。
それが心配であちこち回っていて、自分どころではないのです〟

彼女を動かしているものはなんでしょう?
それは仕事に対する責任感?
会社への献身?
いや、純粋な無私の心ではないでしょうか。

危機に陥ったり
非常時になると
人は思わぬ行動を起こします。

もちろん、悪いことをする方もいるでしょうが、多くは他に思いをはせます。
その中に無私の心や人への思いやり、献身があるように思えます。
自分を犠牲にしても他人のためにつくそうとするのです。

人って凄いですね。

私自身はそんなに無心ではなく、少し邪悪かもしれません。

でも、
人のために何かするということが
今の私の〝生きる力〟なのです。

被災してみて多くのことを学びました。
失ったものは大きかったですが、得たものも少なくありません。

蒼天の空
心も空高く舞い上がるかなあ・・・




by ccr-net | 2016-05-17 22:37 | 熊本地震 | Trackback

退く勇気、捨てる勇気

生きていてこそ意味がある

震災から1ヶ月経ちました。
熊本の街も大分落ち着いてきました。
クリニックを訪れる方々もほとんどが自宅または新居での生活となり、避難所生活の方は少数です。

そんな中、東京から娘が帰ってきました。
震災以来、初めての帰宅です。
直後から福岡の息子も、東京の娘も心配しすぐに電話をくれました。
なかでも娘は心配し、直ぐに他県に避難するように言いました。

でも、私は避難しませんでした。
だって、医師だから、
守るべき人たちがいるから・・・


でも、これって1人よがりではなかったでしょうか。
娘と話していて、いかに子供達が私達を心配していたか判りました。

「だって、死んでしまったら何もできないんだよ」

私は外科医です。
手術をおこなうときに大切な事は、時として退くことです。
進むばかりが能ではありません。
退く勇気が大切なのです。


守るべきもの
それは人によって違います。

それは
家族だったり
仕事であったり
信条であったり、さまざまでしょう。

でも、何を守るとしても
何かを捨てなければいけないことがあります。
守るためには、時として捨てる勇気も必要なのです。


今回、私がしたこと
スタッフを守り
地域の人を守り(ほんの一部分)
クリニックを守りました

今回、私が気にしなかったこと
自分の命
スタッフの気持ち
妻を含めた家族の気持ち・・・
そう、独りよがりだったのです。

何が正しかったのか?
それは今になっても判りません。

でも、
退く勇気
捨てる勇気
そして他者への思いやりが私にはなかったような気がします。


震災から少し落ち着いた今
こんなことを考えてみました。



by ccr-net | 2016-05-14 21:17 | 熊本地震 | Trackback

フットケアでボランティア

プロフェッショナル・ボランティアの実力を知ろう

ゴールデンウイーク最後の日曜日、
四国や関西・福岡からフットケアの仲間が震災見舞いを兼ねてボランティアにやってきました。
総勢6名、有り難いことです。
このメンバーに地元の4名を加え、今日はクリニックで午後1時から無償での足検診と爪・角質ケアをおこないました。
急な話でしたので広報ができずおみえになった方は十数名でしたが、とても充実した数時間でした。

明日は、南区城南の火の君文化センターで午前9時〜午後1時まで活動予定です。
残念ながら私は診療のため参加出来ませんが、今回のフットケア・スペシャリストのレベルは一流です。
出会える方々は、本当にラッキーだと思います。

フットケアというのは文字通り足のケアをおこなうことです。
よく足つぼマッサージと混同されますが、全く別のもので、元来足を救うことを目的としています。
実際には、足の血行再建や最近有名になったエコノミークラス症候群(静脈血栓塞栓症)、
足の角質ケアや爪のカット・矯正(巻き爪矯正)など多岐にわたります。
従って、フットケアに従事する方は、私のような医師や看護師・理学療法士から民間のフットケアスペシャリスト、
あるいはシューショップ(靴屋)のシューフィッター、義肢装具士など多くの職種が関わっています。

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今回の中心はその中のフットケアスペシャリスト、民間資格ですがその技術は私などは足下にも及びません
だからこそ、お互いを尊敬し合い、連携し、足を支えていくのです。

震災も急性期は落ち着き、次のステージにはいっています。
こうしたときに大切なことの一つが、足のケア=フットケアなのです。

多くのボランティアが震災の各地に入っています。
ただ私が知る限りでは、まとまった数のレベルの高いフットケアスペシャリストが入るのは、今回が初めてだと思います。

フットケアスペシャリスト、あなたも体験してみませんか?





by ccr-net | 2016-05-08 22:38 | 熊本地震 | Trackback

みんなで手を繋ごう・・・頑張ってばかりではいられない

〝頑張れ〟という言葉の重み

ゴールデンウィークも本日で最後、皆様いかがお過ごしでしょうか?
熊本市内は避難所も縮小され、小中学校は来週の授業再開に向けて避難所はほぼ体育館のみとなりました。
避難されている方の人数もピーク時の1/5〜1/7に減りました。
しかも、昼間は更にその1/5に・・・
まだ余震は多いものの、震災は確実に次のステップに移ってきました。

勿論、クリニックの周囲には赤紙(危険)の建物も数多くありますし、スタッフもまだ3名は居住する家が定まっていません。
ただ、医療の視点でみると、二次災害の予防がこれからますます大切になってきました。
医療機関で診る患者さんは別にして、整理された避難所で生活する方々のケアをどういう形でとっていくかが、問題です。

さて、どうしましょう?
今後の避けては通れない課題です。

もう一つ、問題があります。
震災後、私たちはみなそれぞれ、頑張ってきました。
それは、避難所にいる方も、私たち医療者も一緒です。
頑張って、頑張って、3週間が経過しました。

でも、なんだか疲れてきませんか?

ここらでちょっと一息ついて、ノンビリしたいなあと想うのは私だけでしょうか・・・
頑張ることに、ちょっと疲れてきたのです。

そんなに頑張らなくてもいいじゃない
走ってばかりではもちません。

頑張れる人
頑張れない人
元気な人
疲れてきた人・・・

みんなで支え合い、手を繋ぐことが大切です。

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週末には、四国や関西・福岡から多くの仲間がフットケア・ボランティアにやってきます。
そのためのイベントもあるのですが、
私が一番楽しみにしてるのは、彼らから元気をもらうこと!

お土産いらないから、元気をいっぱい持ってきてね!!





by ccr-net | 2016-05-05 21:28 | 熊本地震 | Trackback

被災したって医療はできる 2週間の総括

震災後2週間の総括と反省点

震災後2週間が経過し、市内では街も徐々に落ち着いてきました。
勿論、避難所生活をされている方はまだおられますが1/3程度となり、
各小中学校の運動場も駐車している車は10台程度となりました。
水が戻り、ガスが戻り、外食も少しずつできるようになってきました。
でも、一つ角を曲がると、幾つもの家屋に立ち入り禁止の赤紙が貼られ、道は波打っています。
震災の爪痕はまだまだしっかりと残っているのです。

今回の震災後の私の行動で幾つもの反省点があります。

最初の地震(前震)の翌日、クリニックを開けたのは正しかったのか?
当初はこれが本震といわれておりこの時点で建物はほとんど被害がなく、一部機材の損傷があった程度でした。
ライフラインも生きており(ガスは止まっていた)、震災の患者を受け入れる目的で開院したのは間違っていないと思います。
ただ、火災訓練は年に2回おこなっていても、地震訓練は一度もおこなっておらず、患者さんの安全が担保されていたかというと疑問です。
自動ドアだけは電源を切り開けていましたが、避難の打ち合わせはおこなっていませんでした。
ただ、昼前から急激に水道の出が悪くなり、トイレ使用に問題が出そうでしたので、午後からのリハビリテーションを取りやめ患者制限をおこなったのは正しい判断だったと思います。

2度目の地震(本震)当日の私の行動。
深夜1時半に本震がおこり、熟睡していた私は妻にたたき起こされました。
本当に強い地震で初めての経験です、1回目とは比較になりませんでした。
直後から停電となり余震も何度もありましたが1時間ほどで落ち着きましたので、
クリニックへ様子を見に行きました。
この時のことは、被災したって医療はできる 2に書いています。
クリニックが診療できる状態か否か確認しに行ったのですが、あとで考えれば本震直後のこの時期に無謀な行動でした。
妻も大変心細かったようです。
結果的に、創傷や骨折のケアだけでクリニックを開けたのですが、駆けつけた3名の理学療法士のリスクを考えると、医師としては正しくとも、管理者としては間違った行動だったと思います。

選択肢は二つ

医師として手の足りない済生会熊本病院や熊本医療センターへ行く
自宅で家族と共に安全の確保を図る

取るべき道は後者、自分と家族の安全を図ることが最優先だったと思います。

その後の、チーム編成は正しかったか?
震災3日目、被災したって医療はできる 3に書いたように医療班や物資調達班など幾つかのチームを作りました。
効率的な動きとスタッフの最低限の生活を支え、今できる医療を地域に提供することが目的でした。
結果的には正しい行動だったと思いますが、 課題も見えてきました。
地域支援活動を、当初、要請のあった益城でおこない、肝心の周辺地区の支援活動が遅れたことです。

なぜそうなったのでしょう?

災害時の支援活動のシミュレーションや避難マニュアル・行動マニュアルが皆無だったからです。
これは震災後1週間のミーティングでスタッフから指摘されました。
いかに私たちが災害時の対応を考えていなかったか、危機感がなかったかを実感しました。

避難所の支援活動や診療体制は万全だったか?
これは考えるまでもなく、お粗末なものでした。
医療法人全体で60名以上いるスタッフの有効活用が出来たとはとてもいえません。
結果的に計画性がなく、行き当たりばったりのものだったのではないかと、自戒しています。

物資は十分だったか?
これは言うまでもありません。
準備は皆無でした。
たまたまデイケアをしているので、飲料用のミネラルウオーターが200本以上ありました。
でもそれだけです。
生活排水に対応できず、慌てて遠方へ買い出しに行ったり、他県の友人や親族に分けてもらいました。
ライフライン中でも、水の大切さ貴重さを実感した2週間でした。

クリニックを開ける時期は適切だったか?
これは適切だと思っています。

まず水が確保できること、
患者用トイレがきちんと使用できること、
これができないと医療機関としては質の担保ができません。
最悪の場合、ノロウイルスなどの感染症を引き起こします。
二次災害としての感染症に徹底的に拘り、来週からの本格稼働としました。
具体的には4月27日夜水道水の水量が上がりトイレ使用可、28日丸1日観察し断水や水量の低下がないのを確認、
29日患者トイレの使用開始(130名の来院で問題なし)、
これでようやく、リハビリテーションを開始できると判断しました。
もしかしたら、一昨日から稼働可能だったかもしれません。

でも、この時期大切なのは二次災害の予防
医療では感染症と静脈血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)の予防と、低栄養の改善です。

こうしたことは今までの2回の震災で学ぼうと思えば学ぶことができたことです。
でも、『自分たちは大丈夫!』という、間違った思い込みがありました。
震災は、いつでもどこでも起こるのです。

行政の対応やシステムの不備なども問題があるでしょう。
でも、一番問題だったのは自分たち自身の意識の欠如です。

震災が落ち着いてきた今こそ、こうしたことを考える時期にあります。
本日、大牟田の親戚に預かって頂いていた義父を迎えに行きながら、こんなことを考えました。



by ccr-net | 2016-04-30 17:43 | 熊本地震 | Trackback

皆が被災者

住むところがない

本震から10日、前震から12日が経ちました。
本日からクリニックは午前9時〜午後5時まで開けることになりました。
昨日より1時間の進歩です。
けれども、まだ十分な水圧の水が出ないので患者用トイレの使用ができません。
従って、相変わらずの限定診療で、リハビリテーションなどの時間のかかる医療をおこなうことはできません。
毎日多くのお電話を頂きますが、残念ながら見通しは依然として立っていません。

『今、お家ですか、避難所ですか?』
『水は出ますか?』

震災以来、患者さんとかわす最初の言葉です。

まず、お互いの安否を確かめ合い、
『お互い頑張りましょうね!』
と言葉を交わす、医療者と患者で立場が違っても、お互い被災者なのです。

水が出ない、ガスがこない、道が混む・・・
そうしたことが普通になっているので、朝起きて水の出がよいと何だかとっても嬉しくなってしまいます。
ただ、私自身は住むところがありますが、法人内のスタッフで3名がありません。
住むところがないのです。
そのうち1名は実家が遠く、友人の家などから出勤してきています。
彼は不運なことに、アパートの部屋に給水タンクが落ちてきたのです。
全く住むことが出来なくなったのですが、不動産屋を探しても物件は皆無です。
そんな中、彼は毎日笑顔で出勤しケアマネージャーとしての仕事を黙々としています。

凄いね・・・本当にそう思います。

私たちは、程度は違うけれど皆が被災者
だから、頑張ろうね!




by ccr-net | 2016-04-26 22:01 | 熊本地震 | Trackback
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医療と健康について


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